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help リーダーに追加 RSS ビリケンさん

<<   作成日時 : 2008/06/01 22:24   >>

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先日天保山のサントリーミュージアムに「ガレとジャポニズム」展を見に行きました。繊細且つ大胆なデザインをため息混じりにゆっくり鑑賞してきました。

その帰りにお茶しようと、ミュージアムから目と鼻の先にあるマーケット・プレースに行きました。入ってすぐの所に大阪みやげの店が何軒かあって、1軒の店先にビリケンさんグッズが山のように陳列してあるのが目に入りました。

饅頭、ストラップが数種類にぬいぐるみなどなどなど・・・・普段から見慣れてるのでいつもは全然関心ないんですが、なぜかスイッチが入ってしまって気が付いたら「どのストラップがいいかな?」と物色してました。

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通天閣とペアになってるのや四葉のクローバー風の飾りがついたもの、金色のや銀色や・・・
ビリケンさんはやっぱり金色でしょう。」と写真のストラップを買いましたが、思い出してみたら通天閣にいるビリケンさんは金でも銀でもない木像です。

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でもうちの近所にも店先にかざってるところがありますが、金色や褐色のイメージが強いです。こんなどでかいビリケンさんも金色です。
幸運の神さんやからついでに金運もつくようにということでしょうか?

改めてビリケンさんの生い立ちを調べてみました。
生まれはアメリカ。1908年に女性アーティストが夢に見た神様を元に製作したそうです。名前はBilliken 、これは当時のウィリアム・ハワード・タフト大統領のニックネーム「ビリー」に由来してるそうです。彼に似てたらしいです。

それから世界中に広まったそうですが、日本でも花柳界で「縁起物」と珍重されたそうです。
明治時代(1903年)に、今の新世界辺りで内国勧業博覧会が開かれ、1912年後その跡地にエッフェル塔を模した(今とはデザインが違います)通天閣とルナパークという遊園地が作られて、ビリケンさんはルナパークの「ビリケン堂」に安置され名物になりました。

同じ頃だと思いますが、繊維専門商社の田村駒株式会社が会社の福の神としてあがめ祀るようになり現在も会社のシンボルになっているそうです。

ところが1923年ルナパークは閉鎖され、ビリケンさんも行方不明になってしまいました
戦後、通天閣が再建され(1956年)、1980年に田村駒株式会社が1949年に作ったビリケン像を元に木彫で復元されたそうです

部分的には以前から知っていることもあったんですが、改めてまとめてみたら今のビリケンさんて案外新しいことがわかりました。繊維関係の商社さんが版権持ってるというのも知りませんでした。
彼も明治から平成の世まで、波乱万丈の人生を送ってきたんですね。

田村駒株式会社のサイトや通天閣のサイトなど参考にさせていただきました。
興味深かったです。
http://www.tsutenkaku.co.jp/index.html
http://www.tamurakoma.co.jp/indexnf.html

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
ここ数年、新世界の串カツ屋の前で、ビリケンさんの姿をよく見かけるように
なりましたね。

今の形のビリケンさんは、比較的新しいという話は何度か見聞きしていますが、
繊維関係の商社さんが版権持っているということは初めて知りました。

よく見かけるので、版権があるのは意外な感じがします。
だいな
2008/06/01 23:40
だいなさん。
そうですね。版権という文字を見ても一瞬何のことかな?と思いました。

小さい時に通天閣に上った記憶はあるのに、こんな強いキャラクターの記憶が全然ないのは、その頃まだ通天閣にいなかったからでした(~_~;)
chanan
2008/06/02 07:25

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